大和言葉で良い波動!

 

 

こんにちは、杜和です。^^

近頃美しい大和言葉が見直されているそうです。

太古の昔に私達の祖先が創り出した日本固有の言葉とされています。

また、その伝統の上に生まれた和歌などがイメージできるような

雅な印象のある言葉のことです。

大和言葉は日本の風土に根ざしていて、どことなく懐かしさを感じさせ、

言葉が心に染みいるようで、柔らかく優しい気持ちになります。

大和言葉は思い、気持ちの響きが感じられ、心に伝わっていきます。

日本の表現はシンプルだけれど意味が深い!

心を遣って、心で感じる文化ですね!

前回「ウニとキャベツのおいしい関係」で書いていただきました、

「もったいない」も大和言葉です!本当に心からの思いを感じます。

「ありがとう。おかげさま。心づくし。おもてなす。あけぼの。せせらぎ。

暮れなずむ。風光る。うららか。こよなく。おそれいります。。。などなど。」

みんなが知っている歌「故郷」などもほとんどが大和言葉です。

きれいな言葉を発すると、心も清らかになるように感じ、

心の波動が上がっていく、大和言葉のパワーを感じます。

大和言葉には自然への、生かされていることへの感謝が詰まっていて、

日本人の琴線に触れてきます。

アセンションするためには、人類の意識=周波数=波動が

一定以上に上がる必要があると言われています。

大和言葉のような素敵な日本語を心がけると、

良い心の波動が増えていくということでもありますね!

すべての存在は波動で、振動で、エネルギーです。

例えば、

良い波動とは、美しくクリアで、宇宙や自然と調和している、好ましい状態。
       
湧き水、有機野菜、高原の空気、ポジティブ。元気。

良くない波動は対極をなしています。

美しい大和言葉に意識を向けると太古の祖先は宇宙や自然とともに、

感謝を持って調和して生きていたことが、とても伝わってきます。

日本人は普段何気なく大和言葉を使っています。

「ありがとう」は「有り難い」から来ていて、

人の好意や喜ばしい事に、めったにない事と感謝する気持ちです。

日常の中で美しい大和言葉に心を留めて心がけてみましょう!、

そうすると良い波動が心から心に伝わって響き合って、増えていきますね!!!

ウニとキャベツのおいしい関係

 

こんにちは!照子です。^^

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

 

先週は紅華さんが、ブライアン・メイとりゅうぐうの

 

すてきな関係を書いてくれましたが、

 

私からはウニとキャベツのおいしい関係をお届けします。^^

 

三浦半島では、ムラサキウニというウニが大量発生するそうですが、

 

このウニは海藻を食いあらし、海底の砂漠化「磯焼け」を

 

起こしてしまうので厄介者と呼ばれていたそうで、

 

漁業関係の方々を悩ませてきたそうです。

 

しかしウニなら採って食べられるのでは?!というのは違うそうで、

 

実が育っていないので食用にはできないのだとか。

 

駆除対象となっても海の中で一つずつ取るしかないわけで、

 

確かに、厄介者扱いされてしまいます。

 

ところが、県のセンターで研究を重ねたところ、

 

じつはウニはキャベツも食べることが分かったそうです。

 

三浦半島では、傷んで出荷できないキャベツも多く、

 

活用法を探していたところ、ウニとの相性が発見されたのだそうです!

 

しかも、ウニはキャベツをよく食べるそうで^^

 

キャベツを食べたウニは実入りがよくなり

 

市販のウニとほぼ同じ成分になったそうです。

 

海と陸でそれぞれに困り物として扱われていたものが、

 

コラボしたらこんな成果が出たというのは、すごいですね。

 

海の生き物も、野菜も、自然界の大事ないのちです。

 

どんないのちも大切にされるのは、嬉しいことです。

 

そして、話はここで終わらず、先月には青森でもウニの養殖試験が始まる

 

というニュースがありました。

 

三浦の研究をもとに、スーパーで廃棄予定の野菜を活用して、

 

冬場でもウニを出荷できるような養殖の試験に取り組み始めたのだそうです。

 

廃棄される野菜も、ウニはおいしく食べてくれるようです。

 

そのウニが育ち、今度は人間たちがウニをおいしくいただくことができる日が、

 

来るかもしれません。

 

思いがけず発見された新しい関係は、食物連鎖のいのちの大切さを

 

教えてくれました。

 

そして、日本には「もったいない」という言葉があり、

 

物を大切にする心として「MOTTAINAI」として世界にも紹介されています。

 

どんなものにも、何か違う側面があるのではないか?

 

という探究も、物やいのちを大切にする心だと思います。

 

自然の恵みはすべていのち、大切でありがたいもの、という心こそ、

 

大切にしたいですね。